いま風が煌めいた。

いち枚の写真と、拙い文と、正直なココロと。

蝋燭の炎のように🔥

 燃える「芯」も、溶ける蝋燭も・・・あとわずかです。

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心不全で具合が悪くなって、施設から病院へと移った母親・・・・

さらに死への深みに入った92歳の母。

意識レベルが少しづつ下がり、呼吸も「本人の意識外で身体が勝手に」

生きるために「顎」で行っている状態でした。

 

 仕事場に出勤し、二時間も立たない頃に「危篤」の知らせ。☎💦💦

仕事場では決して珍しくない「最期」のシーン。

これがいざ自分たちの事となると・・・『こんなにも落ち着かない事

なのか・・』

 

 私は母とは合算しても数年間しか一緒に住んではいなかったので、

実の母でありながらも・・あまり「自分の母親」という実感が

ありません。😓

 

 母もそうだったらしく・・私が他府県の企業へ就職し、二十歳頃

内臓の病気で数ヶ月入院した際に、彼女は一度も面会に来ません

でした💧

入院費の援助もありませんでした。

だからといって「恨み」も何もありません。

 

 尿の排出量が激減し、呼吸が浅くなり、脈拍が乱れ始めると・・・

長くありません。

もしかしたらこの記事の直後に電話が入るかもしれません。

(日中、半日ほどベッドサイドで見守りましたが、家族の疲労もあり

 現在は自宅待機)

 

 先月の初めまで、私が自宅の風呂に入れてあげたり、トイレ介助も

できました😊

おむつの交換も「一度も文句や恨み言」を言わずに、穏やかな気持で

介助できた自分がそこにいました。😁 

 

 穏やかな穏やかな母でした。

最期を迎えたら・・既に役目を終えて「献体先」から骨になって帰って

きている父と同じ様に、「献体」という社会的に重要な仕事に向かいます。

【死んだら「意識も」「痛みも」「何の感情も」無い! 】

という信念を両親はもっていましたし、私も全くその通りなので

二つ返事でサインした「献体登録」。

 

 仕事場へは「明日の日勤、そして夜勤」も全て「休む」手配をして

きたから、安心して安らかに・・・。

 

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